宗田花 小説の世界
「 J (ジェイ)の物語」
第4部
7.帰る場所 -1
「今日はね、あなたといろいろお話したかったのよ」
「話だけ?」
「そうよ」
「お医者さんなのに?」
「そうね、ちょっと変わったお医者さん」
いろんなケースを見てきたのだろう、ジェイと仲良くなるのは早かった。好きなことを聞いたり、好きな食べ物を聞いたり。生活のことも。
「ビデオを見るのが楽しいんだ、れ……課長と」
「課長さんと?」
蓮と友中の目が合った。じっと蓮の目を見て優しく笑った。
「そう、良かったわね。一緒に見てくれる人がいて」
「いろんな料理も作ってくれる。お味噌汁とおじやが美味しいよ。ね?」
―― ね?
隣に座る蓮に笑いかけるジェイが愛しくて。
「ジェイ、この先生には、蓮って言っていいよ」
「ホント!? 言いにくかったんだ、課長って。それって会社だけだから」
「そう。会社では厳しいのかな?」
「鬼課長って呼ばれてる」
「でもお家では?」
「たくさん我まま聞いてくれる」
友中が膝の上で指を組んだ。
「ちょっと大事な話をしましょうか。どうして病院に来たか分かる?」
「ケガしたから」
「どんなケガ?」
「背中と脇腹と足を打った」
「まだ痛い?」
「背中が痛い」
「どうしてケガしたのかな?」
間が空いた。言葉を探しているような顔……
「先生、俺ジョーグル好きなんだ」
「今ね、ケガの話をしてるのよ。分かるわね?」
「ゼリーとプリンも。蓮がいつも買ってきてくれる」
「ジェイ……」
友中が蓮に首を振った。蓮は口をつぐんだ。
「嫌なことがあったのね? だから言いたくない?」
「今度花さんが苺狩りに連れてってくれるんだよ」
「ジェローム……そう呼んでもいい?」
ジェイが頷く。
「あのね、お話ししないと胸につかえてしまってそれで頭がいっぱいになってしまうの。私と、蓮さんと3人で話しましょう」
「蓮って呼ばないで! それ、俺が呼んでいい名前なんだ!!」
「ごめんなさい、うっかりしたわ。河野さん。これなら許してくれる?」
「……いいよ」
「嫌なことした人を覚えてる?」
ここまで突っ込んだ話をするのはまだ早いと思う。けれど友中は確信していた。退行ではない、防衛本能が記憶に蓋をしているだけだ。必死に自分を守ろうとしているだけ。
「覚えてない、そんな人いない」
「誰が体を叩いたの?」
「…………」
「そうか、まだ言いたくないのか。じゃ、他のお話しましょ」
ジェイがホッとしたのが分かる。
「お仕事の話をしましょう。お仕事、好き?」
「好きです」
口調が変わった。
「どんな風に?」
「達成感があるんです、一つの成果を出すたびに。花さんがよくやった! って肩を叩いてくれたりチームのみんなや課長に褒められたりすると嬉しくて。そう言えば課長、薬品メーカーの件はどうなりました? 俺、すっかり忘れてて」
唐突な変わりように、言葉が出ずにただジェイを見つめた。
「答えてあげてください、河野さん」
「花が……頑張ってるよ。GPSの精度をあげてグラフィックを変える。ちょっと欲張って野瀬と機能をもう少し改善しようとしているよ」
「花さんは一人? 時々スケジュール、ポカするんだ、花さん。俺がそばにいないと」
「そうだな、いてやってくれよ……花が喜ぶ……」
涙が落ちる。仕事の話を出来るとは思わなかった、久しぶりにジェイらしい会話を聞いた。
「ジェローム。背中はどこで叩かれたのかな?」
友中の突然の質問。ジェイが一瞬で切り替わった。
「分かんない。蓮、今日は眠るまでいてくれる?」
ジェイは背中のレントゲンを撮らなくちゃならないからと説得されてようやく蓮と離れた。
「後で会えるよね?」
「当たり前だ。お前の部屋でまた会おうな。夕飯、一緒に食おう」
不安そうな顔ににっこりと笑って返した。
「先生、いったいどうなってるんですか?」
今見たことが蓮には理解できない。
「彼は真実を知っているんですよ、何もかも」
「何も……かも?」
「ええ。彼は嘘をついているんです、自分に」
「嘘、ですか?」
あの怯え、不安。とても嘘をついているようには見えない……
「これはよくみんなが使う嘘とは少し違います。分かっていることを自己防衛のために『知らない』と強い自己暗示で自分に思い込ませているんです」
「じゃ、どこかでジェイは理解している?」
だとしたら、自分の体をきれいだと喜んでいるのはあまりに憐れだ。
「いいえ、あんまり上手に嘘をついているので、嘘を真実だと思い込んでいるんです。『否認』というのですが、彼はその手段に『論点をずらす』『無かったことにする』という方法を使っています。さっきのがそうです。私の質問に別の答えを返す。聞かなかったことにする」
自己防衛。長い間ジェイがし続けてきたことだ。
「治るんですか? 彼は小さいころから長い間自分を封じる生活をし続けてきました。子ども時代も学生時代も全部我慢の中で過ごしてきたんです」
「そうだったんですか……近いうちに彼の中に矛盾が生じてきます。なにしろ嘘なのですから。でも一人でその嘘と対峙するのは彼には無理だと思います。カウンセリングと周囲の支え。両方が必要です」
せっかくいい先生と巡り合ったというのに。
「ここまで通うのは無理なんです。今も正直会いに来るのが大変な状態で」
友中がにっこり笑った。
「私は1週間に一度だけこの病院で診察をしているんです。東森尾駅か高塚駅をご存知ですか?」
「知ってます! 東森尾駅なら会社から車で30分くらいです」
「名刺を差し上げておきましょう。退院したらお電話ください。予約を入れますから。河野さん。彼の症状は軽い方なんです。会社に連れて行ってごらんなさい、きっと普通に仕事をしますよ。甘えたいんです。甘やかしてあげてください」
信じられない話だ。あの状態で普通に仕事をする? 何にでも縋り付きたい。やれることは何でもやる。ジェイの心を解放してやりたい。
新しい証拠が出た。弁護士の西崎から花は聞かされた。本当はジェイに対する警察の不当な取り扱いを抗議しに行ったのだ。
「部下が行き過ぎた行動を取ってしまった。ま、警察の常套文句ね。けれど加害者の携帯電話が見つかったからもうそんな事情聴取はなくなるでしょう。私のいないところでの事情聴取ももう出来ないから安心して」
「あの、携帯って?」
「ああ、捜査ミス。床に小さな穴があったらしいの。そこから床下に落ちたんでしょう。宇野哲平さんが思い出したって届け出てくれたの。揉み合いになった時に加害者が持っていた何かを掴んだけど、すっかり忘れていたって。気づいた署員が穴を広げて見つけたっていう話だわ」
花は4階に行って電話をかけた。
「哲平さん、会いたいんだけど」
『なんだよ、俺、もう忙しいよ』
本当に忙しそうだ。ぱらぱらと紙をめくる音が聞こえる。テキストでも読んでいたのだろう。キーボードも打ち出したようだ。哲平は意外と器用だ。
「じゃ、電話でもいいです」
『なんか怒ってないか?』
「哲平さん、携帯の指紋は?」
『なんだ、その話か』
「なんだじゃないです。俺も触りましたから」
『ああ、大丈夫だよ。気が付かなかったか? お前に渡したときフィルムが貼ってあったの』
「じゃ俺の指紋は?」
『剥がしたから無いよ』
変なところに用意周到な哲平に驚く。
「哲平さんの指紋は?」
『消したら相田のも消えちまう。だからそのままにした』
「でもそれじゃ!」
『だからさ、揉み合っているうちに掴んだら飛んでったって話したんだよ。 俺の指紋べったりなのは当たり前』
花はなんだかむかっ腹が立ち始めていた。
「……」
『どうした?』
「哲平さん、腹黒になった。俺、見損なった」
『無茶言うやつだな、お前も。頭脳戦だと言ってくれ』
「なんか納得いかない。清らかな哲平さんが穢れた感じ」
哲平は吹き出した。
『そうか! 俺ってお前の中じゃ清らかだったんだ……苦しい! お前さ、たまにはテレビの刑事もの見ろよ。勉強になるぜ』
「そんなもん見てるヒマあったらヒンディー語の勉強してください!!」
花はそのまま携帯を切った。今頃哲平はぼやいているだろう。少ししておかしくなってくる。クスクス笑った。
(きっとあそこに忍び込んで、どこに隠そうかって悩んだんだ)
その姿が目に浮かぶ。
「損した、心配して」
部屋を出ようとして蓮は友中を振り返った。
「教えてください。ジェイはなぜ子どもになろうとしているのか」
「子どもなら無条件に保護されますからね。大事にしてもらえる。構ってもらえる。好きな話だけ出来る。迷子になれば探して連れ戻してくれる……」
その後は蓮の耳には何も入って来なかった。気がついたら友中は黙って自分を見ていた。
「すみません、お電話します。お世話になります」
頭を下げた。
「忘れないでくださいね。ジェロームはあなたを信じたいんです」
「はい。忘れません」
――迷子になれば探して連れ戻してくれる――
(ジェイ……いつか俺を本当に許してくれるのか?)
きっとその時こそ、ジェイは子どもでいることをやめるのだと思った。
夕飯はテレビを見ながら食べた。ちょうどジェイの好きなバラエティをやっていた。正直言って、時々蓮は分からなくなる、どこが面白いのか。勢いだけのお笑い番組。ジェイがいなければ決して見ない類。けれどジェイの笑い声が蓮の心を和らげる。たくさんのことを抱えてきたジェイの笑い声が嬉しかった。
「ジェイ、俺はそろそろ帰らなくちゃならない」
「蓮! 今の見てた? あの人、いつもあそこであんな顔するんだ!」
「ジェイ、俺を見ろ」
テレビから目が離れない。いや、離さないのか。
「ジェイ、こっちを向け、頼むから。俺の目を見るんだ」
振り返ったジェイの目は涙で濡れていた。
『彼は真実を知っているんですよ、何もかも』
「ジェイ、分かってるんだろう? 俺が帰らなくちゃならないってこと」
「分かんない。分かんないよ」
泣きながら抱きついてくる。その体を抱き返した。
「分かんない、蓮が何言ってんのか……」
「また来る。な、ちゃんと来るから」
「いやだ……ここにいて、一緒に寝て、……置いてかないで、俺を置いてかないで……」
「ジェイ……」
「置いてかないで、もう独りになりたくないよ……」
(お母さん……もうジェイを解放してやってください。お願いします。お願いします)
「俺はお前を愛してるよ。心から愛してる。安心していいんだ、お前は俺のものだ」
揺らいだ茶色の瞳が蓮を見上げた。
「……キス、して、蓮」
唇を舐める、ジェイの舌が伸びてくる。絡ませ合い、吸い合い、互いに深く相手を貪る。唇を話すと囁くようにジェイが強請った。
「俺を……触って」
中に手を潜り込ませて素肌を撫で上げた。ジェイの目が閉じていく。小さなため息が聞こえた。もう一度優しく口づける。そして手を放し、着衣を戻してやった。
「蓮だけ。俺を触っていいの、蓮だけ。そうだよね? 誰も俺に触らないよね?」
「二度と触らせるもんか」
「約束……してくれるの?」
「破ったら俺をお前の好きなようにしていい」
「好きなように?」
「そうだよ。お前が望む通りに」
院内放送が流れる。ジェイの目から雫が零れていく。
(帰ることを分かってくれたのか)
「待ってる。だから来て。お願いだから来てね」
「今度は土産を買ってくる」
「俺……あんみつ食べたい」
「分かった。他には? カリントウ、買ってこようか?」
「うん! 食べる。いつものお店で買って」
「あのお徳用でいいのか?」
「あれが好き」
「買ってくるよ、ジェイ」
「蓮が泣いちゃやだよ」
「ごめん。そうだな、泣かないように頑張るよ」
こんなに誰かを愛したことはない。自分のものにしたい。そんな時期はとっくに消え、幸せにしたい、それも遠く過ぎた。今はただジェイとともにいたかった。それだけでいい。
あれから蓮は土産を持って一度。花は2度来た。あんみつは不評だった。
「お店で食べるのと違う」
「そうか、連れてってやるよ、退院したら」
「ホント? あの和食屋さんのが美味しかった!」
「じゃ、退院の帰りにファミレスに寄ろうな」
蓮がいない時にカリントウを食べて高橋看護師に怒られた。
「袋開けて寝ちゃだめでしょ! ほら、こんなにこぼして」
「ごめんなさい、カリントウ食べると寝ちゃうんだ、いつも」
「じゃ、もうベッドで食べちゃいけません」
そして退院の前日となった。
「明日、申し訳ない、俺は休みを取る」
「退院でしたね、そのことは俺たち分かってますから」
池沢がしっかりしてきた。いつも野瀬を立てて後ろに下がり気味だったのが、今は仕事に欲が出てきた。蓮が留守の間は部を任されるようになった。
野瀬はGPSの改良で忙しい。その責任が、池沢をどんどん成長させていく。
「明後日だが、ジェロームを連れて出勤する」
「え! それ、無茶ですよ!」
澤田が思わず立ち上がった。
「一日ここに置いておくってことですか? 確かに一人でマンションにいさせるわけにはいかないけど」
尾高には自閉症の子どもがいる。花から様子を聞いていたからそれが可能なことかと危ぶんだ。
「いや、仕事をさせる。もう充分に休んだからな。力仕事はまだ無理だからそこはフォローしてやってくれ。花、お前にジェロームを任せる」
「花だって忙しいですよ! そんなことさせてる場合じゃないですよ!」
「浜田さん! 言い過ぎです、出来なかったら俺、自分で課長に言います!」
蓮は友中の言葉に賭けた。あの時のジェイとの会話にも。嫌な話は拒否をする。けれどジェイにとって仕事は大事なものだ。
「1日。様子を見てやってほしい。最初からだめなら昼休みにマンションに帰す」
「課長、自信があるんですね」
「そうじゃない、井上。俺も不安だよ。だがジェロームの反応が見たい。それ次第ではみんなも普通に接してほしい」
課長の真意が分からなかった。仕事は仕事だ。仲間だし、チームワークではどこにも負けない。けれどそれとこれとは違う話だと思う。
「一つだけ頼む。事件の話は一切しないでほしい。タブーだと思ってくれ。ここであいつを壊したくない。今は仕事だけがあいつの安心するものだから」
「課長、ホントにジェロ―ムを連れてくる気ですか?」
「なんだ、花。お前も反対か?」
「ええ。今は大事にしてやらなきゃ。仕事なら俺、頑張りますから」
「間違えるな。お前の仕事じゃない、お前たちの仕事だ。ジェロームにも責任を果たしてもらう」
「課長の考えてることが分かりません!」
「今は分からなくていい。お前は笑って迎えてくれればそれだけでいい」
翌日。退院は大騒ぎだった。まるで退院したくないかのように高橋看護師に、ヘルパーの太田に、山根医師に抱きついて泣いた。
「もう来るんじゃないよ。きみに怪我して欲しくないからね」
「来ちゃいけないの?」
「こんなところ、来ないで済むほうがいいんだ」
「会いに来ちゃだめ?」
さすがに山根も胸を突かれた。たった8日間だった。なのにこんなに心惹かれる患者は初めてだった。
「遊びにってことだね? みんな仕事中だから時間はちょっとしか作れないよ。それで良ければおいで。でも来れないようなら無理しちゃいけない。いいね」
「はい」
表に出てきてくれた人たちが車から見えなくなるまで手を振り続けた。
「良かったな、いい人たちで」
「うん。また入院するならあそこがいい」
「おい、もう入院なんてするな、俺が寂しい」
蓮の言葉がよほど嬉しかったらしい。歌を歌ったり喋り続けたり。時々欠伸をするけれど興奮しているのか眠れないようだった。
「あ! あんみつ屋さんだ!」
「違うよ、ファミレスだよ」
とうとう名前まで変えてしまったジェイに笑う。自分も久々だ、こんな風に笑うなんて。
「そんなに食えるのか?」
初めて食べた時にすっかり気に入った刺身定食。抹茶あんみつ。フルーツあんみつ。次々と平らげていくジェイに自分の箸が止まりがちだ。
「良くなったら朝、走ろうな。このままじゃお前がおデブになってしまう」
とたんにスプーンを置いたからクスっと笑った。
「今日は退院祝いだからな。いいよ、食べて。次からはデザートは一つだけだぞ」
頷いて急いでスプーンを取った。早く食べないと蓮から『もうだめだ』と言われそうな気がする。
久しぶりのマンションに安心したのか、テレビをつけてソファにごろっと横になった。
「こら! 上着くらい脱げ」
「蓮、脱がせて」
「お前は……」
「退院祝いだもん」
「こんな祝いがあるか」
そう言いつつもジャンバーを脱がせた。腹も膨らんで蓮に思う存分甘え、ジェイの瞼が塞がっていく。頭を撫でるとうっすらと目が開いた。
「ただいま、蓮」
「お帰り、ジェイ」
手を伸ばすから握ってやる。目が閉じてすぅっと眠るジェイに目頭が熱くなった。
(二人で頑張って行こうな。……いや、頑張らなくていい。充分頑張ってきたんだから)
夕飯は例の鍋焼きうどん。
「蓮、また買ったの?」
どきりとした。普通の会話に戻っている。
「買ったよ、冷凍庫見るか?」
開けたとたんにジェイが笑い転げた。
「これ、いくつ入ってるの?」
「15個……くらいかな、今2つ出したから」
「そんなに好きなの?」
「今日は豪勢なんだぞ、卵が入れてある」
「卵入ると贅沢な感じ?」
「そうだよ。なんだよ、悪いか?」
冷凍庫を閉めて上を覗いた。
「あ! シュークリーム!」
「今日は食うのやめとけ。あんみつ2つ食ったろ」
「だめだよ、賞味期限があるんだから。1つ? 蓮のは?」
「俺はいいよ。しょうがないな、食べていいよ」
「ありがとう!」
朝からずっと一緒だ。だから安定しているのか。病院での甘えも我ままもそんなに出てこない。
「明日だけどな、俺は仕事だ」
シュークリームをテーブルに置いてジェイが俯いた。
「……だ、いやだ、俺、1人置いてくの?」
「一緒だよ、ジェイ。俺と会社に行かないか?」
「会社に?」
上がった顔の目が見開いている。
「行っていいの!?」
「仕事が出来るならな。自信が無かったら休んでいいんだ。お前に任せるよ」
「行く! みんなにも会いたい!」
シュークリームをぎゅっと掴んだから指の間からクリームが垂れた。
「おい! 垂らすな!」
「ごめん!」
指の間を舐める間にまた垂れてくる。それを慌てて口に受けるから口の周りがクリームだらけ。
「蓮、べちゃべちゃになっちゃった」
ため息をついて濡らしたタオルを持ってきた。手を拭いてやる。頬を拭く。
(頬の傷が薄くなった……)
手の甲の傷もほとんど目立たない。けれど下腹部はまだはっきり傷の痕が残っている。もう薬は要らない。自然に消えるのを待つだけ。
手が止まった蓮をじっとジェイが見ていた。
「あ、ごめん。じっとしてろ、今口の周りを拭いてやるから」
言い終わる時にはその唇が蓮の口に押し付けられていた。
「じぇ……」
(甘い……)
クリームを味わうかのように蓮の舌が動く。
「こら……イタズラするんじゃない、俺の口までベタベタだ」
ジェイの口と自分の口を拭いた。
「蓮、シャワー浴びたい」
これはどっちのジェイなのか? 目が……濡れている。期待に満ちた顔に突然蓮の欲が膨れ上がる。
「俺を煽るな。退院したばかりだぞ」
「蓮に体洗ってほしいんだ。俺、まだ1人でやれないもん」
「お前、卑怯だな」
「卑怯でもいいもん」
手を引かれた。ジェイにバスルームに連れていかれる。 シャワーで温まってくるジェイの体に、傷が浮かび上がっていく…… 突然ジェイの反応が変わった。ボディシャンプーを掴んだジェイが必死に自分の体を洗い始めた。
「ジェイ、洗ってやるから」
洗うというより掻きむしるように爪を立てて肌が真っ赤になっていく。
「いやだ……この体、汚い、汚いんだ、蓮……どうしよう、俺、汚くなった。どうしよう……」
泣きながら浮き上がる線を擦る。
(きれいだと言っていたのに……)
現実が見え始めたのか。嘘に追い詰められているのか。
「汚くなんかないよ、ジェイ。そんなに力を入れるな、もう真っ赤じゃないか!」
「消えない……消えないよ、消えない、蓮、どうしよう、消えない……」
体を包み込んだ。掻きむしる手の動きを封じ込める。
「消えるから。大丈夫だよ、全部きれいに消える。心配しなくていいんだ」
「れん れん 俺、よごれちゃった……」
「お前はきれいだよ。いつだってきれいだ」
シャワーで泡を流してジェイの傷跡を舐めていく。少しずつ蓮の頭が下がっていく。
「ぁ……だめ、れんが……よごれ……」
「汚れないよ、お前はお前だ」
また体を舌が這いまわる。徐々にジェイのソコが緩やかに勃ち始めた。
「れん れん ……」
はっきりと残る傷に沿って舌を動かす。
「ほら、お前はどこも変わってない……」
しっかりと持ち上がってくるものを喉深く咥えた。喘ぐ悩ましい声が漏れてくる。ジェイの体を温まった壁に寄りかからせた。
「足を開いて」
素直に開いたジェイの後ろに指を滑らせる。口を動かしたまま後ろをそっと刺激した。
(今日はイかせるだけだ)
途中まで入れた指を動かす。
っあっ! や、はっ!!
爪先立って逃げようとする体を引き寄せる。吸って擦って、口と指が連動して動き回る。
も……っぁ……ぁぁ、れん
大きく痙攣を起こし、口を離すとあっという間に精を吐き出した。いつまでも震える体をしっかり抱きしめる。
「れ ん……」
「きれいだ、ジェイ。お前を愛してる」
その夜は抱き合って眠った。互いの肌が心地よかった。
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