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九十九と八九百と十八

9. 3日より長く

 すっかり朝寝坊しちまった。夕べは遅くに十八が夜泣きしたし、その声で八九百を起こしたくなかったから車の中であやしていた。赤ちゃんの世話ってこんなに大変なのかと思う。母の日とか父の日とかあって良かった! やっぱり親に感謝する日って必要なんだよな。でも不思議なことに、ガキの時はそれが分からない。

(八九百の朝食、用意しなきゃ)
 いびきが不安で俺は自分の部屋に戻っていた。布団を畳んで廊下に出るとほんわかと味噌汁の匂い。キッチンに跳び込む。
「なにやってんだ、お前!」
「おはよ、九十九。熱、下がったんだ。だから九十九が疲れてると思って朝食を」
無言でそばに行って額に手を当てた。
「寝ろ」
「でも」
「でも、は無しだ。俺の家だ、家主に従え」
持ってる味噌汁の椀を取り上げた。
「九十九、心苦しいんだよ、とても」
「分かってる」
「何かやらせて」
「良くなったらな。そしたらこき使う」
「ほんと?」
「ほんと」
後ろを見ると靴下も履かずに八九百は突っ立ってる。俺はスリッパを脱いで足で八九百の方に押しやった。
「今すぐそのスリッパ、履け」
抵抗するかと思ったら言われた通りに大人しくスリッパを履いてくれた。
「あったかい!」
「そうか?」
「うん、九十九の体温だね」
なんか……照れる。

「突っ立ってんならそこに座れよ。すぐ飯の用意するから」
「はい」
「寒くないか?」
「少し」
「待ってろ」
昨日買った革ジャンを取って来た。
「変だけどこれ、羽織れば?」
「カッコいいね、これ! 九十九の?」
「いや、八九百の。昨日買ったヤツ」
「こんな高そうなのいいよ!」
「あんまり考えんな。誰んだっていいじゃんか、今は誰も着てないんだからお前が着てればいいんだよ」
「うん」

 飯は夕べのうちにタイマーセットして『おかゆ』っていうのに設定しておいた。初めて使った機能だ。でも出来栄えはいい。それをついで味噌汁もつぐ。
「熱いから気をつけて食べろよ」
「九十九っていいお父さんになりそうだね」
「嬉しくない、そんなこと言われても」
男同士でなきゃつき合えない俺に子ども? そりゃ無理ってもんだ。
 昨日作っておいた煮物を出す。鶏肉を叩いて、ニンジンやら大根やら、隠し包丁たっぷり入れて柔らかく煮たヤツ。
「美味しい!」
「喉にきつくないか? 味は薄くしたつもりだけど」
「大丈夫。きっと今日のうちに良くなるよ」
「別に焦んなくていいから」
「でも今日は3日目だし」

 やっぱり気にしてる。『とりあえず3日間』確かにそう言ったけど。
「風邪引いた分は計算に入れない。だって何もやり様がなかったんだから。昨日言ったろ? ゆっくり後のこと考えようって。ちゃんと話し合って決めよう。今は期限なしってことで」
「いいの!?」
「いいよ」
その時十八が泣き出した。
「飯かな? あ、昨日離乳食食わせた。了解無しに悪い」
「そんな…… 僕の子どもって決まったわけじゃないし。……そうだ、しばらく二人の子どもってことにしようよ! 僕より九十九の方がよっぽど責任感あるよ」
二人の子ども…… 無かったはずの現実が生まれ始める……
「……そうだな。今はどうしようもないもんな。いいよ、はっきりするまでは二人の子ってことで」
「九十九って大きな人だね」
「そんなに八九百と変わんないけど」
「じゃなくって。知らない僕の面倒見てくれてるし、十八のこともしっかり世話してくれてる。出会ったのが九十九で良かったって思う」

 それ以上聞くと本気で迫りたくなるから『喋ってるより食えよ!』と怒った。それに『はい』と返す八九百。不思議な関係、不思議な空気。

 食べたら眠くなるって、赤ちゃんも大人も同じだな。どっちも腹いっぱいになってゆらゆらと体が揺れ出す。
「八九百、布団に行けよ。氷取り換えといたから」
「はい」
十八もベビーバスケットに寝せる。どっちも目を閉じて、時間がふわふわと漂って行った。
 俺もなんだか眠っちまいそう……

  
 いつの間にか眠ってたらしい。十八が起きてたから風呂の用意をした。昨日も俺が入れたんだけど、慣れなくて落としそうになった。今日は泡立てたらすぐに流しながら別の場所を洗うようにしないと。
 湯船の中でしっかりと胸に抱いて肩まで浸からせる。顔色を見ながら逆上せないように気をつけた。
「十八、18数えたら出るぞ。1、2、3、……」
 用意しておいたシーツを俺と十八を一緒にして巻き付けた。冷えたら困るし、俺もさすがに素っ裸で家の中を歩きたくない。
 十八だけシーツから出して、タオルでよく拭く。ちょっとバスケットに寝せて、素早く自分の始末をした。
 用意しておいた湯冷ましを飲ませる。男らしくごくごく飲むのを見て、ちょっと誇らしい。
 どれもこれも順調なのはネットのお蔭だ。

「九十九、どこ?」
「起きたか? 今、十八を風呂に入れたとこ。ちょっと待ってろ」
多分喉が渇いたんだろうと思う。俺も風呂上がりだからスポーツドリンクを2本掴んだ。
「わ、どうして分かったの?」
「そりゃ分かるさ。つき合い長いしな」
「長いの?」
「そ! お前の今の記憶の中で一番長いだろ? 俺と一緒ってのが」
「うん」
わ! ヤバい、頬染めて俯くなって!
 慌てて目を逸らせて具合はどうか? と聞く。
「だいぶいいよ。すごく楽になった」
「良かった! でもまだ無理するなよ。今日はのんびりして、明日の朝熱が無かったら買い物に行こう」
「また買い物?」
「靴下とか無いだろ?」
「……はい」
また頬を染める。俺は目のやり場に困ってしまう。

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